「かりん」2020.5月号 今月のスポット
第二回笹井宏之賞が短歌ムック「ねむらない樹vol.4」で発表された。今回の選考委員は、大森静佳、染野太朗、永井祐、野口あや子、長嶋有の五名。昨年の文月悠光と入れ替わり長嶋有が参加した形になる。受賞作には、鈴木ちはね「スイミング・スクール」と榊原紘(榊、の正しくは木へんに神)「悪友」が選ばれた。笹井賞には選考委員それぞれの個人賞も設けられている。それらも含めて気になった作品を読んでいきたい。
不動産屋の前に立ち止まって見ていると不動産屋が中から見てくる
鈴木ちはね「スイミング・スクール」
歌の中で二回出てくる〈不動産屋〉という言葉が、初句と四句目では意味合いが変わってくるところがおもしろい。鈴木の作品は全体的に低めの視線で統一されており、従来の短歌が押してくるマッサージのツボのような気持ちよさを意図的に回避しているようにみえる。
階段で電波の悪さに手を振れば音頭のようでしばらく笑う
榊原紘「悪友」
電波の悪いところでうろうろとする様は、確かに謎の音頭を踊っているようにみえる。自分のその姿に気づいたときの、滑稽味のある空気感が伝わってくる。。
傘を差すようにときどき舌を出しこの世の赤いものを見せ合う
大森静佳賞 曾根毅「何も言わない」
お互いの舌を見せ合う様を、この世の赤いものを見せ合うと言い表すところに、まず驚く。この世には他にも赤いものはたくさんあるが、舌という限りなくパーソナルな身体の部位を見せ合うという行為に、歌の場面の「本気さ」のようなものを感じる。
三年を経て後輩に呼ばれれば回転椅子のままで近づく
染野太郎賞 乾遥香「ありとあらゆる」
距離感の縮まり具合がおもしろいと思う。後輩に呼ばれるまで三年も経ているのに、近づく際には椅子(足にローラー付き?)でやや滑稽ぎみに移動している。全体的に〈わたし〉が多い連作だった。
Tシャツのローテーションがわかるほど会っている ねこ 赤 ストライプ
永井祐賞 橋爪志保「とおざかる星」
下の句の並びが読みどころだと思う。何となく相手の人柄が伝わってきたり、予定はないけど何度も会う間柄なのだと思わせたりしてくる。
いま夏の終わりを生きていく僕の頭上の虹を盗んでほしい
野口あや子賞 渡邊新月「秋を過ぎる」
比較的受賞者の中では、従来の短歌っぽさを感じる。連作にいくつか技術的な瑕疵はあるものの、大振りな歌い方が魅力だと思う。
めずらしく親のマツダでやってきた友の機嫌がよくわからない
長嶋有賞 小俵鱚太「ナビを無視して」
「親のマツダ」が良い。これだけで何となく〈友〉の生活圏が見えてくる。単語のチョイスが特徴的な連作だ。
駆け足になってしまったが、以上、受賞者六名(多い!)の作品。