工藤吉生『世界で一番すばらしい俺』感想

ぬらっ。

 

『世界で一番すばらしい俺』は工藤吉生の第一歌集。カバーとかついていない簡素な装丁で、同人誌みたいでかわいい感じがする。

 

帯には「膝蹴りを暗い野原で受けている世界で一番すばらしい俺」という一首と「おかしないい方になるが、高度な無力感が表現されている。」穂村弘、「人間性が色濃く表れた作品です。黒ずみにちょっとかけてみましょうよ。」加藤治郎、というコメントが寄せてある。

 

あとがきのページを最初にめくると「あとがきって、先に読みたくなりませんか。」と書いてある。あ、ばれた。ばれたというか、みんなそんなもんか。あとがきには連作の補足があっけらかんな感じで載っている。ひたすらどこどこを直しましたみたいな内容であとがきが構成されていて、そういえば新人賞の受賞のことばも似たような構成だったなと思い出した。

 

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歌集を通して読んでみて、思ったよりも全体的に饒舌な印象を持った。なんだろう、歌集を読む前に勝手にスクールカースト最底辺みたいな主体像を頭の中に作っていたからかもしれない。もっとぼそぼそしゃべるのかと思ったら、けっこうおしゃべりさんというか、苦しんでそうな場面が多いけどその割には謎の余裕もある、みたいな感じがした。

 

十七の春に自分の一生に嫌気がさして二十年経つ

 

早々に自分の人生が嫌になったらしい。でも半分本気、半分冗談かなと思う

 

自己嫌悪にうっとりしているあいだベルトゆるめに締めている手は

 

なんでかって言うと、やっぱこう、うっとり、と言えるあたりに余裕があるからかな。

 

田舎芝居「平謝り」を披露してそのブザマさにより許される

 

たぶん工藤さんの歌は真の黒ずみなんかじゃなくて、芝居めいた黒ずみなんだと思う(工藤さん自身がマジの黒ずみかどうかは知りません)。

そして僕は「ガチ黒ずみ路線」にいかない工藤さんの歌のほうが好みだ。

 

すこしなら呪われたっていいでーす 駅で運ばれてる段ボール

 

秋が来る 床屋の椅子に重大な秘密があってほしいと思う

 

すべり台を寝そべりながらずり落ちる君たちの無限の可能性

 

呪われたっていいでーす、床屋の椅子に重大な秘密、君たちの無限の可能性、みたいな、「笑いとおふざけとまじめの隙間」を狙った歌がおもしろいと思う。そういう歌のほうが現実を刺しに行くならクリティカルなんじゃないだろうか。

 

歌集中たまに

 

君らのはケンソンだろうオレの場合ほんとにダメなんだよ近寄るな

 

っていう中学生みたいなマインドが出現する歌がぽつぽつあるけど、こういう歌群なんかは逆に工藤さんの短歌の「マジの黒ずみではなさ」を表していると思う。なぜなら、ガチで鬱屈としている主人公像を立ち上げたいのであれば、こういう読者を冷めさせるかもしれないわざとらしい歌は歌集に入れないから。

 

 

笑いとおふざけとまじめの隙間を狙った短歌がおもしろいってさっき書いたけど、歌集中にはスベってる歌もそこそこあるように思う。

 

歯痛には快楽があるとドストエフスキーが書いてましたぜ、へ、へ!

 

自転車で青信号を渡ったら車に当たり飛んだよマジで

 

腰を打つ 仰向けで「アア!」「アア!」と言う 道路のうえで産まれたみたい

 

作中でも特に日記感が強い連作にこういう歌がありがちというか、ほんとうにあったかどうかは別として、「そういう事実があるというていで連作進めますね」みたいな短歌たちは、前提として共有されるべきおもしろさが作者側に寄りすぎている気がして、なんか冷める。

 

とかなんとか思いながら歌集も終盤に差し掛かり

 

三日月の欠けたところに腰かけるみたいにオレを知ろうとするな

 

って歌が出てくる。

 

読者は三日月の欠けたところに腰かけてぱらぱらこの歌集を読んできたわけだけど、この歌はすげぇ工藤吉生の歌っぽい感じが凝縮してると思う。

 

この歌集を金出して出版したのは工藤吉生だし、作品を書いて発表してきたのも工藤吉生なわけで、読者を三日月の欠けたところに腰かけさせたのは工藤吉生本人だ。

 

それでもこういう歌を書いて、歌集のおわりのほうに配置するという自意識の発露の仕方が、歌集全体に帯びる無力感やダサさを象徴していて、こういうところが工藤吉生の個性なのかなあと思う。ようは〈ローアングルツンデレ〉?みたいな。

 

だらだらと感想を書いてきたけど、勘違いされないように最後にきちんと記しておくと、『ですばら』はふつうにおもしろかったです。2020の8月は『世界で一番すばらしい俺』『予言』『悪友』『ビギナーズラック』を回し読みする感じかな~。

 

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最後に好きな歌をいくつか引きます。

 

すこしなら呪われたっていいでーす 駅で運ばれてる段ボール

 

秋が来る 床屋の椅子に重大な秘密があってほしいと思う

 

すべり台を寝そべりながらずり落ちる君たちの無限の可能性

 

生命を恥じるとりわけ火に触れた指を即座に引っ込めるとき

 

桜の木見上げて写真を撮るひとの片方曲げた足がよかった

 

公園の禁止事項の九つにすべて納得して歩き出す

 

腹をもむ いきなり宇宙空間に放り出されて死ぬ気がすんの

 

解答欄ずっとおんなじ文字並び不安だアイアイオエエエエエエ

 

届いたよ絵はがきのなかで黒猫が見上げた先にまっしろい猫

 

「少年よ神話になれ」と口ずさみ楽しげな現実のおじさん

 

あ、あと、『ですばら』は安くてよかった!

 

この本おわり。