ブリロ歌会ってなに

ブリロ歌会解剖記録

 

【きっかけ】

歌会1首出しだといろいろ試せないのではないか(岩田奎)、という発言から、句会のように多作多捨的に歌会をやったらどうなるか試そうとなったらしい。

 

【会の名前】

大量消費社会を象徴するアンディー・ウォーホルの作品《ブリロ・ボックス》から取られている。

 

【活動歴】

かれこれ2年くらい毎月歌会をしている。俳句を中心に創作している人が多く参加している。参加者各自が割と勝手に新しい人を誘うかたちで人を集めている。

 

【歌会内容】

句会のように歌会をするとどうなるか試している。毎月6首出し。点が入らない歌は評なし。毎回50首~100首の短歌が提出される。

 

【初回参加者】

佐原キオ・大塚凱・奥村鼓太郎・岩田奎・板倉兼太・橋本牧人・渡邊新月・細村星一郎・郡司和斗、の9人。

 

【最小人数回】

第20回ブリロ歌会@府中競馬場

6人(ちねんひなた・佐々木朔・工藤吹・橋本牧人・藤井柊太・郡司和斗)。ちねんと藤井は歌会欠席。なので、4人。

 

【最多人数回】

15人参加が3回。

 

第3回ブリロ歌会

(佐原キオ・加藤綾那・大塚凱・奥村鼓太郎・山口遼也・岩田奎・川谷ふじの・工藤吹・杉本茜・板倉兼太・橋本牧人・渡邊新月・細村星一郎・郡司和斗・髙田皓輔)

 

 

第12回ブリロ歌会

(中矢温・佐原キオ・加藤柊介・加藤綾那・原麻理子・大塚凱・奥村鼓太郎・山口遼也・岩田奎・工藤吹・橋本牧人・渡邊新月・細村星一郎・西生ゆかり・郡司和斗)

 

 

第18回ブリロ歌会

(中矢温・加藤柊介・品口回ロ・大塚凱・山口遼也・岩田奎・川谷ふじの・工藤吹・服部真里子・松下誠一・橋本牧人・筏井遙・細村星一郎・西生ゆかり・郡司和斗)

 

 

【過去のお楽しみ回】

第3回ブリロ歌会

新宿御苑でピクニック。

 

第5回ブリロ歌会@闇鍋

テーマ詠「闇鍋にいれる具材詠込」「闇鍋にいれる嘘の具材詠込」で闇鍋開催。

 

第10回ブリロ歌会@西生さんち

西生ゆかりさんちでたこ焼きパーティー。

 

第13回ブリロ歌会@お月見

東京タワー近辺でお月見。

 

第17回ブリロ歌会 @府中競馬場

雪で馬が走らなかったので新宿御苑で雪遊びに変更。郡司はカクヨム短歌賞の選考会があり参加できず。

 

第20回ブリロ歌会@府中競馬場

府中競馬場リベンジ。

 

【合計点数が一番によくなる人】

山口遼也。6首出しの合計点なので、18点とかになる。

 

【過去1首の点盛り最高点】

8点(橋本牧人)。

 

【点数の傾向】

俳人勢が全体的に点を集める。

 

【合同歌集参加者】

関灯之介

奥村鼓太郎 

原麻理子 

筏井遙 

杉本茜 

加藤柊介 

岩田奎

木内陽

(縉太)さんです。

藤井柊太 

川谷ふじの 

品口回ロ 

郡司和斗

ちねんひなた

佐々木朔 

大塚凱

中矢温 

松下誠一

山口遼也

佐原キオ  

板倉兼太

(ケンタ)くんです。

渡邊新月

福田六個 

シムソンミン 

工藤吹 

橋本牧人

細村星一郎 

谷川由里子

西生ゆかり 

 

過去に歌会に参加したことのある人は、このメンバーにプラス10人ほど。企画は任意参加。

 

◤文フリ東京43◢

 

合同歌集 『Brillo Box』

 

11/8(日) 文学フリマ東京43にて頒布予定

500首程度収録

 

価格:1000円

 

A5正方形 199p 

 

【頒布ブース】

 ち-17 ねじまわし

 と-06 pampa

 と-13 俳句個人誌「なるほど」

 と-99 小部屋句会

 

川柳九十句

ここ一、二年で発表したものをまとめました。

 

AよりはB Bよりは蜃気楼

 

とても眩しくお刺身は胃に帰りたい

 

鋏のように耐えるだけ 聞くなよ

 

怪談史修正主義者なら噛めよ

 

しし踊りしし狂いししランド(シー)

 

ぜんいんでまじめに三之丞さんほめようよ

 

なるのはいいが抽象定食はやめてね

 

心臓を増やせば解決よ ラララ♪

 

大酸化イベント中に年を越す

 

1/100でオバケになっていい けどならなくてもいいオバよ

 

オバQが白いうちならまだ吐ける

 

伊達政宗の5%はオンライン

 

われわれの円周率をはじめよう

 

怒られをスープに捨てにゆきませんか

 

ブラックジャックは初雪の手柄なんだな

 

植物をもらったガテン系だった

 

ブルペンに入る二人のベッキーが

 

救命に改行が間に合いそうだ

 

S 君を U ぶん殴る S 覚悟

 

皇位継承ねるまえにいいでしょう

 

You ゆえに ゆにばーさるな ご冥福

 

セロリから一粒とれるはずだった

 

学校の椅子が三回戦突破

 

サンリオ史より分岐したフランス史

 

目薬は意味よりもやわらかかった

 

まばたきが誤変換してゆく過程

 

対義語として肋骨が降るでしょう

 

シャッターを切ると家紋を渡された

 

殴る 太郎のアトリエごと殴る

 

慎ましいヒントVS愛子様

 

きみとシャンパンに似通う未来性

 

パリだけが恋の帽子を知っている

 

名字とは光の屈折のことだ

 

筋通す前に相続しましょうや……

 

私が笑う私の書いた聖書では

 

スピードは足りてる指紋折り畳む

 

こめかみで何か泳いでいませんか

 

破門したばかりのUNOが倒れてる

 

頂上に馬を置く 頂上は吹雪

 

天気図の裏に埋まってやるつもり

 

国なんてプリンのように穴だらけ

 

ペンギンが挨拶代わり増えている

 

川の流れの暗算に飽きている

 

わからないくせに大きな鶴を呼ぶ

 

追いつめたときには鼻の奥に丘

 

痩せている集まって梨剥いている

 

眼かなしみ生放送の眼の手術

 

起き抜けの鼓膜ふるえている憲法

 

出しすぎた北朝鮮を腕に塗る

 

ああ虹色に勤め始めた

 

生まれつき掌にあるコンセント

 

僕らたまたま明るくなってくる記号

 

かっこよくなるまでブランコで待った

 

食欲がきらきら無限囲碁将棋

 

撮り鉄のように壊れた遺書になれ

 

金綱か金綱をしたたらす酢か

 

耳が耳2になるのを止めましょう

 

鳴くころにはなればなれの耳と耳

 

やまびこが返ってきたら詰んでいた

 

ポップコーンいっぱい落ちている、指も

 

殿よまだ指紋を攻めるには早い

 

福引のように手足が生えてきた

 

同様に壊れてしまうひぐらしの

 

きまぐれに通る賞状防止法

 

新しいスライムとして去るだけさ

 

まじめふまじめそれが技法だとてイギリス

 

のしあがることだけ考える土偶

 

犬は歩きたい 犬は 棒に当たりたい

 

草原にかろうじて降るコカ・コーラ

 

水は低きに、私は旅情計画に

 

ドラキー なにも完了していない

 

はやすぎて耳が回ってしまう空

 

あしたから苗字は@だよ

 

隠れたら蔵はいよいよ澄んでいる

 

はたまたスタンプラリーの霊

 

雷鳴鋭く墓は中古を買いなさい

 

那須与一ぎりぎり笑わせた景色

 

家系図をたどれば蜂にいきあたる

 

蜂と蜂 公文式ならどこまでも

 

遠くなる代わりに肺が増えますよ

 

砲台の中に暮らしていいですか

 

S&P&ヒロヒト500

 

はぐれてもよみがえってもSPORTY

 

なぽの投擲じゃまするななぽ

※なぽはナポリタンの妖精

 

中村がこれだけいても三時間

 

あくびして駅と直接繋がろう

 

ぬれぬれのツクバホテルはどこですの

 

手鏡のかがやいている隙に刺す

 

六法に加わる前はやさしかった

 

へましたら ハミガキバトル へましたら

 

川柳ー郡司和斗

 

第十回円錐新鋭作品賞提出作

第十回円錐新鋭作品賞提出作 

 

生類 郡司和斗+中矢温

 

一音ずつ交互に詠み継ぐ詠み人知らずといふものを、吾らもしてみむとてするなり

 

犬も寝る食わねえハムスターこいつ

 

富み富めよばっかりメロンレモンマン

 

リャマ怒涛みなみの風の煉瓦工

 

特別なニューロンぴっと夏の鳩

 

ずるいじゃん後ろからキモいいアシカ

 

スメルきつくてどうして暗い引き算

 

散々な虫眼鏡あり桃のっぽ

 

ポリス無理ティーチャッカマンの僕だから

 

にょっと有無をどうどう洗う長き夜

 

産湯もちもち修羅の国

 

島だらけ覗けよ余裕なりパンダ

 

ジャムパンツバルーンゼブラ土偶寒

 

火っ楽し学生証ヤフオクで売り

 

ダーツ大好きてぶくろの裏が無理

 

健康どんちゃん彼氏が二人冬

 

ぬるま湯やのぼせてイルカなつかない

 

加賀やがて背中あそびに車で来

 

背を暗い蟻ヶ原まで桜まで

 

よまよねーしょん時間はおどけから凪ぐよ

 

世界まだジョジョに抒情に白躑躅

 

切断と溶接―〈切れ〉というギャンブル

 切断と溶接―〈切れ〉というギャンブル(歌誌「かりん」)郡司和斗 執筆は2025年11月頃。字数の関係で書けなかったことを少し加筆しています。

 

 〈切れ〉というと短歌よりも俳句の方が馴染みのある言葉/概念/現象/技法かもしれない。実際、俳句には「切れ字」なるものがあり、「や/かな/けり」を用いればそこで句の意味や時空間が切断されることが共同体の中ではほぼ所与のものとして了解されている。少しややこしいのが、切れ字(たとえば特に「や」などは句中の切れとしてもっとも頻繁に使用される)を用いなくとも切れは発生しうるということだ。

  朧夜や葱間の葱を肉が圧し/若林哲哉『漱口』

  文机に埃明るしふぃろそふぃ/中矢温「朝日新聞:あるきだす言葉たち」

 一句目の若林の作品は、「や」で切ったもの。上五で切れて中七下五に一塊のフレーズがくっついている形を取っている。月がぼんやりかすんで見える春の夜に、焼き鳥のネギマの肉が葱をぎゅうぎゅうと圧迫している、そういう内容だろう。外飲みの雰囲気が良い。朧夜と葱間には直接的な関係はないが、「や」で切ることでいわゆる「取り合わせ」と言われる、意味上の接続ではなく質感や手触りの親和性や意外性を重視した言語操作を行っている。そしてその技巧の出来不出来は、これまでの俳句表現史の蓄積を踏まえて、読者の読みにある程度ゆだねられる(もちろん作者の手の内でかなり定式化している部分は多い)。二句目の中矢の作品は、「明るし」で終止形で切れて下五にもう一展開がある。この句では取り合わせというほど飛躍はないが、「哲学書」ではなく「ふぃろそふぃ」と言い得たことに、切れを用いた価値、効果があると思う。眼前の景を離れて、下五は比較的自由な物言いが可能になっているからだ。今回は季語についてはあまり触れないが、俳句という文芸は全体としてそうした言葉の肌感や重量感、つまり〈意味〉とは別に物的に運用される言語の在り方について多くの蓄積があるジャンルだと私は考えている。そしてそこに場合によっては〈盛る〉や〈加工〉のコマンドが入る。

 さて、では現代短歌における〈切れ〉はどのような形で表現されているのか、少し確認したい。偏りはあるものの私が八年前に現代短歌を読みはじめてから今日に至るまで、若林の句のように切れ字で切れを表している短歌がリアルタイムで発表されているところは、ほとんど目にしたことがない。結社誌などをめくれば膨大な歌が並んであるため、いくつか見つけることはできるが、圧倒的に少数派である。しかも見つかるといっても「たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり/斎藤茂吉『赤光』」のような歌い方はしていない人がほとんどで、文語で書いていても「たり」や「をり」で止める処理するケースが多い。つまり大多数の短歌は、終止形や名詞止め、一字空けによって切れを発生させている。また文語脈による切れ字を用いた切れは、現在の中年世代以降のほぼすべての若手の短歌が口語的書き言葉で表現されていることもあり、最も実作がおもしろい世代で活用されることがとても少ない。

 ここで一つ不思議なのが、切れを示す言語的記号の選択肢が減ってもなお、言い換えれば短歌が口語化してもなお、〈切れ〉そのものが失われずに、技法としてどんどん発達していく理由である。上の句・下の句という区分は歴史的に残ったままになるのはある程度自明だとして、初句切れ、二句切れ、三句切れ、四句切れ、あるいは句割れによる切れなどは、衰えることを知らず、複雑化する一方である。

  いるか雲 クレーンゲームの景品同士みたいに今だけはぜったいに味方だから 

  /初谷むい『笑っちゃうほど遠くって、光っちゃうほど近かった』

  木蓮のふとっていく芽ぐつぐつと心仕込みの呪いをかける

  /丸田洋渡『これからの友情』

  銀杏の葉踏みしめられて白い道あたまのなかみたいで抱きたいな 

  /椛沢知世『あおむけの踊り場であおむけ』

  物干し竿長い長いと振りながら笑う すべてはいっときの恋     

  /五島諭『緑の祠』

  万物の起源のように明るかったオリジン弁当 無くなっていた          

  /鈴木ちはね『予言』

 一字空けばかりの例歌で恐縮だが、一首目が初句切れ、二首目が二句切れ、三首目が三句切れ、四首目が四句目の句割れによる切れ、五首目が四句切れの短歌を引用した。それぞれの歌で試みられていることはバラバラで、言葉の象徴性を高めたり、奇想を提示したり、問いと答えの合わせ鏡的な発想を展開したり(永田和宏『表現の吃水―定型短歌論』)、あえて肩透かし的に一字空けする必要のなさそうな言葉をそのまま配置したり、様々だ。しかしいずれにしても言葉の取り合わせ的な発想の濃淡、グラデーションによって一首一首のおもしろさが成立しており、その核となるのが〈切れ〉―一首の中にどのような断絶を作り出すか―という構造によって生み出されていると言っていいだろう。

 これらの歌は、作者の中では必然によって言葉が結びついて一首を成しているのかもしれないが、読者としては究極的には言葉と言葉の偶然の出会いによって形作られているように見える(だが全てがシュルレアリスム的というわけではない)。そしてその偶然へとポエジーを投げ出す姿勢は、短歌へのギャンブル的なコミットメントに私には思われる。このドキドキに、ひりつきに、散文的なリズムからの切断に、作品の魅力のある側面は宿っていると考えられる。

 いま私がギャンブル的と述べるとき、それは適当さや無責任さ、宝くじ的な完全な無操作性などを意味したいわけではない。私が言いたいのは競馬・競輪・ボートレース的な、あるいはポーカー的な、あるいは福本伸行『賭博黙示録カイジ』的な、極限まで実力を研ぎ澄ませた後に訪れる、しかし最後は運に賭けて未知な領域を切り開くしかない覚悟の世界の話である。別に私自身がギャンブルに精通しているわけではないが、競馬であれば馬の状態や血統、騎手が誰か、馬場のコンディションや天候はどうかなどを総合的に判断し、誰しもが馬券を買うだろう。自分の分析では絶対にこの馬が来ると信じる。だがそうそう予想通りのレース展開はやってこないし、たとえ競馬で生計を立てている人であっても、負けるときは負ける。最後はどうしても運の要素が絡む。そこに必然性がないからこそ、逆説的にレースが輝く。現実が剥がれ落ちて、運命のようなものが見える。一首の中の切れもその感覚に近い。一首のどこかで切断が起きて、次の言葉が一瞬予想不可能になる。次の言葉の予測可能性に確率の高低はあれど、一度抽選に入る。現実世界では政治においても経済においても確実性が求められる。だからこそ創作上でこの抽選をあえて求めたところに、競馬のレースが輝くときと同等の逆説的な魅力(緊張感)が表れる。

 『焚火』第三号の座談会にて橋本牧人が短歌(誌面では『遠い感』が材料)における取り合わせ的な方法を「地獄の技術」と呼んでいたが、その通りだと思う。秩序と混沌のあわいにある、行先不明の地獄だ。地獄でしか作れない短歌はある。

 冒頭の問いに戻ろう。切れ、つまり定型内における切断と溶接の技術が現代短歌で複雑に活発に開発されている理由は、それが他者(外部)に出会う最短距離の方法だからだと私は思っている。ただ、他者といっても自己の内の他者(外部)だが。どういうことか。

 切れによって言葉と言葉の偶然の出会いを読者が感じとるとき、それはギャンブル的なコミットメントに近いという考えを先ほど述べた。リスクを負って何かを賭ける場合、人は勝っても負けても心がざわつき、今まで気づかなかった精神の〈襞〉を発見するものである。実生活であれば、比喩ではなく人生そのものが変わってしまう状況もありえる(勝てば借金が返せる、負ければ全財産を失うなど)。同様に一首を考えると、一首はその一首を以て身を投じ、〈切れ〉=〈切断と溶接〉による偶然性を差し出すことで、作品の自閉性を内側から打ち破る夢を読者にみせている。未知の自分に出会っているという感覚を、一首の中に埋め込んでいる。そして未知の自分・自己とは、最も身近な他者(外部)なのだ。それは出会った瞬間に他者(外部)ではなくなってしまうかもしれないが、だからこそ夢であり、ギャンブル的ともいえる。また一首においてもその〈襞〉の質感が新しく変わることは、歌われる意味内容を陳腐さから脱出させ、その内容自体をいまいちど素朴な形で輝かせる、迫真なものにさせるだろう。

 歌い手自身が未知の自分という他者に自覚的に出会っているのかはわからない。だが少なくとも読者はこのような作品群の裂け目からひりひりした感覚を浴びることはできる。

「井泉」111号 社会とつながらないことが許されていない

「井泉」リレー批評より転載。お題は「短歌と社会の接点」。一部加筆修正あり。掲載は2026年1月。執筆は11月頃。

 

社会とつながらないことが許されていない 郡司和斗

 

 

 どのような短歌から社会との接点を強く感じるのかという問いに答えるのならば、解答はシンプルだ。あらゆる短歌から社会性や政治性を強く感じ〝とる〟ことができる。なぜなら私は、人文学からそのように訓練されてしまったからだ。

 ある表現から(ここでは短歌一首を想定)社会的な、あるいは政治的な要素を見出すことは、今かつてないほど容易になっている実感がある。例えばここに、社会詠とはおよそ言いづらい、ごく個人的な生活や思い出をうたっている短歌があったとしても、そこから社会構造や権力関係、私たちが暮らす社会の歴史的蓄積を感じないわけにはいかない。

  高架にて風にかがやく銀色のこれから海を渡る列車は     

  『海を渡る列車』あずま洋子

 風、海、列車、そして情景から受け取れる高揚感。短歌的には歌い尽くされているなんてことない題材の一首だが、世界で唯一海上を渡るという瀬戸大橋線に思いをはせるとき、その橋が架かるまでの人々の仕事や政治的な判断、メディアの反応、主体の生活の変化など、私たちはこうした様々なことを想像可能である。

「the personal is political」という言葉はフェミニズム運動の出自を離れ、もはや物事を見るときのベースになる発想として定着している感があり、あらゆる言論の前提にされているのが現状と言えるだろう。日曜劇場のドラマ『御上先生』にもこのフレーズが出てきたのが記憶に新しい。基本的に私はその言論状況に賛成していて、ふつうに良いことだと思っているが、一方で考えるのは、私たちがあまりにそうした意識付けを訓練されすぎて、作品の表象から社会性や政治性を見出すことにある種の引け目を感じなくなってしまったのではないかという疑問である。ただ、先ほども述べた「訓練」という語だと少し恣意的に言いすぎたかもしれない。ある作品を通して政治性、社会性を見つけ直すことは、考えてみれば驚くほど当たり前のことである。しかしその素朴さが作品を読む上で通用しない、物足りない感覚が最近はずっとある。これは別にフェミニズムを個別で批判したいのではなく、短歌を読むときに理論(枠組み)を優先して読解をしようとする、その根本的な暴力性の再透明化を疑問視している。つまり下品に言うと、薄っすら政治批評、社会批評をしたい思いが先行して存在していて、既に考えていたフレームにハマった表象を拾い上げて代弁させるような感想/鑑賞/批評は、ドヤ顔の割にしょうもないということである。

 これまで短歌は、「○○詠」といった形で社会を捉える切り口にラベルを張って整理してきた。

  〈化学死んだ〉〈数学死んだ〉生きていてくれればいいが死にすぎだろう

  カタカナで書けばヒーローみたいじゃん。介護戦隊ヤングケアラー。 

  『ダニー・ボーイ』貝澤駿一

 一首目はいわゆる職業詠。定期テストで苦戦している生徒たちをやや引いて眺める教師像が浮かぶ。二首目は職業詠と生活詠の中間か。こどもの語り口を借りて自嘲ぎみに若年者の介護を描く。

  戦後史をぼくは知らないカリカリのタコスの皮が歯茎に刺さる

  米軍の車を包み冬空をねじりつつ火は火は直ぐ立てり

  『KOZA』屋良健一郎

 一首目、二首目ともにコザ騒動と呼ばれる事件を詠んだ作品。第二次世界大戦が残した土地への痛みという視点で見れば、広い意味で戦争詠と呼べるかもしれない。ここで挙げた四首は、大きく括るとみな社会詠と呼ばれることが多い。そしてこのような枠組みは、かつてほど明確な役割を果たさなくなってきたように思うし、批評におけるプレゼンスも下がった。既存の枠組みの後退により、それゆえにあらゆる短歌からほんのりと立ち昇る社会性や政治性を見出すことに次の批評の価値、ゲームはシフトしている。 

  とれたての夏みかんかもしれないよ電話がひとつしかない世界

  『カメラは光ることをやめて触った』我妻俊樹

  昼のバレエ教室と思ってくれたらいいから これからの友情は 

  『これからの友情』丸田洋渡

 実際、抽象的な作風の方が思想/政治/社会は表現しやすいし、読み取りやすいとさえ思う。「電話がひとつしかない世界」という閉塞感と解放感の同居には昨今のグローバルな社会を想起するし、バレエ教室に見立たてられた「友情」は、これからのリベラルな人間関係の在り方をどこか思わされる。ただこうした読みが脳裏に過るたび、私は私自身に辟易もする。

 今、社会との接点(つながり)を持たない作品制作というのは、むしろ逆に、非常に珍しいものになっている。というか、不可能かもしれない。これは読者論的に言い直すと、社会とのつながりを意識せずにある作品を鑑賞できるというのは、そのコミュニティの言論空間を俯瞰して見たときに、実はかなり貴重な体験なのだと言えるのではないだろうか、ということでもある。脱政治的な振る舞いを意図する隠蔽的な態度こそが最も醜い政治的態度であることは、自明とまでは思わないが実際その通りだと思う。だが〈避ける〉でもなく〈見出す〉でもない、その一段階手前にある、一首に触れた瞬間の感覚こそ、忘れがちだが最も大切にするべきものなのではないだろうか。

 こうした考えは反動主義的に受けとられると自分でも思う。少し言い方を変えたい。そう、どうすればそうした「平和ボケ」した読みの回路を「あえて」残しておくことができるのだろうか(この批評によって? 普段の作品によって? 政治によって?)。後退や回帰と言われてもなお、作品と社会に潜むイデオロギーを安易に結びつける行為は、やはり根本的には危険なことだと思う。本筋とはズレるが、特に短い詩歌にとっては、それが差別や戦争の肯定に利用される場合もあるし、また逆に、それが弾圧の対象となり実身体へ危害が加わる場合もある。一方で、作品から社会を読み解くことは、驚くほど素直に大切な行為だとも実感として思う。むしろそうした読解が有効に働く社会であってほしい。ただどうしても空虚に映ってしまうのが、2025年年末の個人的な思いである。世界情勢、国内情勢の不安定さが私にそう思わせている部分はたぶんにあるだろう。だとすればどうなのだろうか、問いが一巡してしまうが、「平和ボケ」した読みを豊かにしていくことは、ある意味で「抗い」ではあるが、ある意味では環境の変化に順接な反応とも言える。そして作品から社会を読み解く行為は、空虚なアプローチのようで実際は粘り強い「プロテスタント」だとも言える。結局のところは、人間世界の慌ただしい暴力の波のなかで、どのような「語り」もかき消さないようにいること、かき消されないようにもがくことが、もっとも重要な批評のあり方なのだろうか。どちらにしても新しい倫理や正義を語るふりをして、他者を抑圧することは避けたい。し、自分もそれをされたら抗いたい。

 

hey、2025年の転生した郡司和斗まとめ

2025年になんとかできた活動をまとめています。参考にしていただいて、一緒に仕事してくれる方、どの連絡先でも問題ありませんので、お誘いください。死ぬ気でやります。

 

オールエヴァ展のセル画、すごすぎたなあ。

 

【作品以外の活動篇】

ざっくり時系列順(記憶漏れありませんように…)。

 

①音楽家のマシコタツロウさんとの対談 (『學』 vol.69)

マシコタツロウ●1978年茨城県生まれ。一青窈『もらい泣き』『ハナミズキ』のほか、EXILEなどさまざまなアーティストに楽曲を提供。校歌、市歌も手がける。2023年1月に作家活動20周年を記念して初のオリジナルフルアルバム『CITY COUNTRY PRESENT PAST』(よしもとミュージック)をリリース。音楽活動だけでなく、茨城町ふるさと大使、いばらき大使も務める。

 

『ハナミズキ』は平成でいちばん歌われた曲らしいです(カラオケなのか、ジャスラックの申請なのかはよくわかってなくてすみません)。当時はどのお店に入っても内線が流れていたとか。今は音楽の教科書にもほぼすべて載っていますし、規模感が違いすぎて、どう反応すればいいかわからないくらい凄いです。会ったらすごい気さくなにいちゃんという感じ。「うた」について短歌と歌唱の双方から少しばかり議論しました。

 

 

②野球チーム「文明レッドライツ」デビュー選で散る

haiku.monster

 

 

俳句チーム×短歌チームによる野球大会です。ここで負けたことで、結束力が高まりました。自分は外野です。最低限プレイできるようになりましたので、草野球のご依頼にもお応え可能です。

www.asahi.com

新聞の記事になっていたようです。

 

 

③マシコタツロウさんのライブで短歌創作イベント

マシコさんが開校されているフリースクール主催の音楽ライブです。ライブを聴きにきた参加者に短歌を作っていただき、即興で添削や解説を行いました。プレバトみたいなもんです。

 

 

④カクヨム短歌賞の告知

kakuyomu.jp

短歌界、今年一番のパワーコンテンツです。

選考委員のメッセージと応募者の新作十首が読めます。

 

 

⑤アカウント、乗っ取られる

十年使ってきたツイッターアカウントが逝きました。

いまはtrentという名前で活動されているようです。企業の個人情報流出など昨今こわいですね。みなさん気を付けてください。

 

hey、このツイート、私がアカウントを取り戻した合図だとみなさん思ったようです。

ダメでした。

いままでありがとうございました。

 


⑥文明レッドライツ、悲願の初勝利

サトアヤさんの報告。われわれは強くなりすぎてしまったかなしき野球モンスター。

メンバーキャップも作成しました。

 


⑦現代歌人協会賞授賞式でスピーチ

アルカディア市ヶ谷で久永くんに祝辞を述べる。
式にて本業タクシードライバーの年配の歌人さんから謎の絡まれ方をして、あなた誰ですかとなりました。みなさんは年を取ったら40歳年下の初対面の人にダル絡みするの、やらないでくださいね。

 

 

⑧カクヨム短歌賞 選考委員のインタビュー

kakuyomu.jp

冒頭の恋愛トークが人気のようです。

 


⑨牧水・短歌甲子園で少し登壇、短歌にコメント

YouTubeに当日の動画があるらしいです。

伊藤さんにお呼びいただいて、檀上でほんとにちょっとだけ高校生の短歌にコメントしました。

名古屋高校さんがおもしろかったです。

 


⑩短歌甲子園2025(全国高校生短歌大会)審査員

盛岡の方の短歌甲子園では審査員をやりました。

ゆかりさんの喋りはこれまでの人生で会ってきた人の中でもベスト5に入るくらい凄くて毎度感動します。

優勝校もすばらしい。



⑪短歌道場in郡上審査員

↑公式の写真です。

こちらでも審査員をやりました。

穂村さん、荻原さんとはいつ話してもホログラムと喋ってるような気持ちになります。

 

 

⑫Forbes JAPAN 掲載

世界を変える的な企画の補欠みたいなやつに選んでいただきました。

かっこいいっすね。あざす!初谷さん、いぬいさんといっしょ。

 

 

⑬文明レッドライツの応援歌完成、収録に参加

サビだけおぼえて応援してほしいです!

 

 

⑭茨城県高等学校文芸部中央大会審査員

↑茨城県立歴史館

今年で二年目です。緑岡高校さんがみんな上手いです。短歌甲子園で会った生徒さんもいてうれしい♪

総文祭の全国大会へ選手を送り出す仕事です。

 


⑮文フリ 俳句同人誌「なるほど」参加 店番

文フリは毎回たのしいです♪

 

 

⑯巨大な忘年会の選者(川柳部門)

haiku.monster

おもしろ川柳を選んでいますし、載っています。

 

 

【掲載物編】

川柳句集『ヒント』刊行 200句

同人誌「ヘブンズアンドヘルズ」 40句くらい

 

短歌研究2025.1+2 ユニット合作20首

短歌研究2025.5+6 7首

短歌研究2025.7+8 20首

短歌研究2025.9+10 作品季評

短歌研究2025.11+12 年鑑号巻頭座談会

角川短歌2025.6  7首 

角川短歌2025.11 短歌道場レポート

短歌往来2025.10 5首

朝日新聞2025.8.03 コラム うたをよむ

歌誌かりん 20首くらい、書評2本、批評1本、時評4本

巨大時評:短歌 1本

 

同人誌「巨大な忘年会」 応募作鑑賞座談会

俳句個人誌「なるほど」 企画:詠み人知らず

なるほど購入特典ペーパー 10首、詩2篇

俳誌円錐2025.4 4句

俳誌円錐2025.8 5句

俳誌楽園 10句

俳誌蒼海 20句くらい 

第2回kokera賞(村上鞆彦賞) 15句

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