95年生まれ短歌同人誌『はなぞの』

 Twitterの応募が当たったので『はなぞの』をもらった。もらった人は感想を書くということなので、感想を書く。





カウンターに高く積まれてああこれはカンブリア紀の地層の歪み/平尾周汰「雨の日の」

一首前に〈横たわるペーパーバックの砂色の染み ビールの空き瓶 遠雷〉とあるから、カウンターに積まれているのは本ってことでいいのかな。〈本〉と〈主体〉のおそらくは数十年程度の距離から、カンブリア紀まで時間を飛ばしていることが味わいどころだろうか。




乗りたくてたまらなかったポケモンの飛行機乗ったら見れなかったね/大川京子「サンデードライバー

〈見れなかったね〉の無防備さに驚いた。願望をかなえたのにがっかりしているわがままな感じがよかった。何が見れなかったのかははっきりしないところや、ら抜き言葉からも、その無防備感、わがまま感が伝わる。





アメリカっぽいパーティしよって取っといたポップコーンもう捨ててしまった/川崎瑞季「フェアウェル・パーティー

〈しよって取っといた〉の話し言葉のそのままの軽さが心地よい。アメリカ風のパーティからポップコーンに連想するあたりにも主体の愛すべきバカ感がある。





途切れつつ蛍光灯はほっぺたの傷ごと照らすから生きていて/はたえり「遠景」

結句の〈生きていて〉にぎょっとする。願いのようにみせかけて実は呪いなんじゃないか、と四句目まで脳内で体験しながら思った。





また会えるかもしれないかもしれないと冷たい手でする自慰ほどの嘘/懶い河獺「鏡、または空白」

がんばって四回転ジャンプしようとしている感じがする。ずっとずらしが行われて、最後にすべて嘘にかかる。可能性の示唆、可能性の示唆、ときて、ひっくり返される嘘には会いたさの裏返しが読める。





船っぽい髪型をした先生が和服姿で泣く卒業式

ご自由にどうぞの醤油小袋がつめたくなっている春の夜

干からびたいくらを舐めるねこがいてまだ明るさのなかにある駅/うにがわえりも「無敵のこころ」

どの歌もおもしろかった。スナップがとてもうまくて、かゆいところをかいてもらっている感じ。一首目、たぶん女性の先生かな。普段は髪をおろしているけど、卒業式の日だけはもりもりにしていて、かんざしとか刺さってたりする。それがなんとも船っぽい。卒業生はもちろん出港するけど、見送る側の先生自身も成長して、気持ち的に出港するところがあるんだろうなーとか思う。





どこまでも続く生活 年金を払い終えたら五反田に行く/谷村行海「透明体」

五反田はすごい。飲み屋はとても多く、犯罪は少ない。なにより一番はゲンロンカフェがある。主体は、年金を払い終えたら、つまり還暦を迎えたら五反田に行くと宣言している。元気だな、と思う。それは、人生百年時代だからこそ出てくる感情なのだろうか。





履歴書は手製の海図飽きるまであなたの船に乗せてください/寺山雄介「テトラポット

割とネガティブに捉えられがちな仕事系ワード(この歌では履歴書)を海図と見立てたところがよかった。ただ、〈飽きるまで〉にうっすら傲慢さが見える気がする。





雨の降る日は外へは出られずに君と一生分のトランプ/森永理恵「藍色ディストピア

上の句の間延びした言い方に雨の日のけだるい感じが出ていると思う。





群衆のひとりと歩調があいこんな戦場めいた胸のふるえは/夢庵ゆめ「ぼくになる」

日常のふとした瞬間にも〈戦場〉はある。この歌ではそれは比喩だけど、現実にそのような場面は多くあると思う。〈戦場めいた〉という直喩が決して誇張ではないような感じがして、現代社会の取り返しのつかなさをよく表している。



気になった歌はこんな感じです。謹呈ありがとうございました。