1月25日

さうだよねむりだつたよね林檎からしづかにらせん剥いでゐる夜/ 「魔王」『海蛇と珊瑚』藪内亮輔

明日っていうかもう今日だけど、キングダムハーツ3が発売される。友達の家でPS4を借りて夜通しやるつもり。1と2はやったことないんだけど、ストーリーだけYouTubeで予習した。

冒頭の1首は1月に藪内亮輔さんが出した第1歌集『海蛇と珊瑚』から。藪内さんは角川短歌賞を歴代最高得点で受賞したなんかすごい人。歌集の帯?からもなんかすごさが伝わってくる。

この歌を読んだ瞬間、小学生のころを思い出した。母親になにかをやりたいと提案しても、どうせすぐやめる/できないでしょ、みたいなことを言われて、そうだよねむりだよね、と自分を納得させていた。そういうあきらめのさびしさをなんとなくぼくは感じた。林檎を剥いでいることは、なにか自分の慰めのようでもあるし、さびしさの感情を受け止めるアイテムでもある。もしくは自分のこころがはだかになっているってことかもしれない。どっちもかな。そして1首のなかで1番ポイントだと思うのは、皮を剥いでいる、じゃなくてらせんを剥いでいるって表現しているところ。良い短歌って細かく細かく世界を把握してゆく物と大きくどかんと把握する物の2パターンあると思っているだけど、これは前者かな。散文で説明しようとすればするほど魅力がなくなっていやなんだけど、らせんって言われるとDNAとかを思い浮かべる。そうすると、林檎の皮むきがすごく人間の原初的な行為にであるように思ってしまう。まあ食べることが原初的なのは当たり前だけど。で、上の句のつぶやきと下の句の内容をくっつけると、さびしさ/あきらめっていうのは人間の根源に繋がってくるっていうのを伝えたかったのかなぁと思った。実際ぼくもそう思う。てかそう思っているからそういうふうな解釈をしちゃうのかな。だとしたら怖いなぁ。はやく眠ってキングダムハーツをやりたい。