鈴木ちはねの短歌

大雨のニュースを見てる 意味もなく必要以上に部屋を暗くして/鈴木ちはね「スイミング・スクール」

 

最初から鈴木さんの歌の話とは離れていくんだけど、こういう感じの文体の歌って、豚骨ラーメンと佐野ラーメンを同時に食べている気分になれる、すごい。意味内容を深く読みにいこうとすれば別にいくらでも読めるけど、基本的にはそんなに誘ってくる歌ではない、と思うんだよなー。そういう、流して読める歌である一面を持っているところが、佐野ラーメン感を醸し出しているんだと思うんだけど、どうなんでしょう。

 

テレビを観るときは部屋を明るくして離れて観てね。とアナウンスするようになったのはいつからなのだろう。ポリゴンショック説をよく聞くけれど、ほんとうのところはわからない。必要以上に部屋を暗くして、とあるけれど、意図的に電気を消している感じはあまりしない。暗い部屋でテレビをつけて、それから「意味もなく必要以上に部屋を暗くして」テレビを観ているなと気づいたような歌だと思う。大雨の予報ではなく、大雨のニュースだから、現在進行系で外は大雨なのだろう。それか少し過去。なんとなく野外も暗そうだ。弱い自然光が部屋に満ちる。絶妙な状況を捉えたなと思う。しみじみ良い。

『春原さんのリコーダー』東直子

 

ばくぜんとおまえが好きだ僕がまだ針葉樹林だったころから/東直子

 

人を嫌いになるのには理由があっても、好きになるのには理由はいらない、とかなんとかどこかで読んだ気がするけど、実際にはどうでもいい理由を後付けしたりすることが多いと思う。だから、ばくぜんと好きだ、なんて堂々と言われたら、その正直すぎる気持ちに戸惑ってしまう。

 

針葉樹林だったころからそう想っていたというのも不思議な感覚だ。自分が生まれる前から好きだった(運命の出会いのような)ということだろうか。針葉樹単体ではなくて、林であることも良さだと思う。意識が林という空間全体に分散していく手触りがあって、なにか超越性を感じる。

 

第二歌集も文庫でもうすぐ出るらしいから早く買いたいな。

 

自己紹介

【略歴】
郡司 和斗(ぐんじ かずと)
1998年6月生。茨城県出身。俳誌「蒼海」、歌誌「かりん」所属。「焚火」同人。大学在学中に連作「ルーズリーフを空へと放つ」で第62回短歌研究新人賞受賞。他、第39回かりん賞、2022年度口語詩句賞新人賞受賞。公益財団法人佐々木泰樹育英会奨学生。詩、短歌、俳句、川柳、批評、随筆、児童文学に興味があります。


【ご依頼・ご連絡】
kazuto.06040905@gmail.com


【これまでの活動】
●〈メディア・講師〉
ドラマ『あんのリリック』(監督:文晟豪、主演:広瀬すず、原作:堀本裕樹)に俳句を提供
2019年度茨城県高等学校文芸部中央大会講師(田中拓也さんと一緒) 
TANKANESSの企画に参加
ポケモンで短歌作って歌会してみた!ダイパリメイク編〜大人になったポケモンマスターへ〜 | TANKANESS
短歌の「連作」ってどうやってつくるの? ~短歌連作ドラフトをやってみた~ | TANKANESS
フルーツポンチ村上健志さんとの句会参加
フルポン村上の俳句修行 個性を鍛える、10句の連作に初挑戦|好書好日

●〈雑誌・新聞とか〉
『短歌研究』に定期的に(たまに)載っています。
過去に作品を寄稿した媒体は『俳句界』『俳句四季』角川『短歌』『歌壇』『現代短歌』『朝日新聞』『うた新聞』『江古田文学』などです。


●〈すぐ読めるやつ〉
川柳
川柳五十一句「療養」 - 遠い感日記

川柳
川柳50句 ENGINE - 遠い感日記


俳句
俳句三十句連作「塔」 - 遠い感日記

俳句
週刊俳句 Haiku Weekly: 10句作品 郡司和斗 夜と眼 

読書ブログ
詩歌の焚火


【自作紹介】
●短歌












●俳句











●川柳










『光のアラベスク』 松村由利子 を読む


『光のアラベスク』は、「令和三十六歌仙」というシリーズの一つ。なんなのかはよくわかっていません。365首を収めた第5歌集です。装丁の薄い紙がきらきらしていて好きです。


松村さんは「歌林の会」所属。歌をまとめて読むのはじめてでした。沖縄や戦争、新聞記者、#metoo、文学、音楽、自然など、いろいろな連作のテーマが出てくるのですが、それら全てが根本的には同じ問題意識で繋がってる感じがして、歌集を槍のように鋭くしていると思います。


あと、かなり歌の幅がひろいなと思いました。人生日記のような歌から幻想的な歌、現代詩風の歌まであり、それらがテーマに合わせて選択されていて、とても力量のある印象を受けました(どこから目線って話ですが)。好きな歌は以下の通りです。




甘やかに雨がわたしを濡らすとき森のどこかで鹿が目覚める

火星行き移民船たつ佳き朝にわが曾曾曾孫の歌う讃美歌

人がみな上手に死んでゆく秋は小豆ことこと炊きたくなりぬ

いつどこで始まるかもう分からない戦争の新しき顔のぺかぺか

世界中の人が使えば地球ひとつ終わる温水洗浄便座

秋のまなこ乱反射せり浮島のいくつか風にふるふると揺れ

飛ぶために骨まで軽く進化した鳥よ乳房を持たぬ種族よ

ミツバチを飼いませんかと誘われて地平あかるむ島の冬かな

鉛筆をナイフで削る集中と思い出せない女優の名前

草原に置かれた銀の匙ひとつ雨を待ちつつ全天映す




この本おわり

第62回短歌研究新人賞 好きな歌

🐙🐟🌟

ちょっと時間が経っちゃったけど短歌研究新人賞で気になった歌の感想を書くよ。





らうたしと口に出すとき思い出す あの自販機のふるふるゼリー /中野霞「拡張子になる」


普段からふるふるゼリーを買うときに「らうたし」って言ってそう。なんかJKの間で流行りそうではある。というかもしかして流行ったことがある!?






歩道橋の階段裏の空間が金網で囲まれ何もない /浪江まき子「象」


たぶん物を捨てられたり自転車を停められないように金網で囲ってあるんだろうね。歩道橋によってはあったりなかったりするからその街の治安や生活がみえてくる。





花びらが窓を通って部屋に来る部屋はふたりの公園だから /阿部圭吾「春の公園」


謎理論を展開する歌はたくさんあるけど、成功している歌は意外とすくない印象を持っている。この歌はとてもいいと思う。公園と部屋の微妙な類似と、この歌に来るまでの連作の配置が成功しているのかな。







三つとも黒のリフィルに差し替えた三色ボールペンを部下さがす /奥村知世「抵抗をしない鳩」


黒はよく使うから、じゃあ三つとも黒のリフィルにすれば長持ちするやん!って発見をしたけど、置いた場所を忘れるあたりその人の根本的なところは変わっていない感じがおもしろい。







風に攫われるのりたま父親のへんてこぴーな投球フォーム /草間凡平「春の公園」


へんてこぴーにばかり目が行くけど、風に攫われるのりたまのほうがよほどおもしろい。お弁当を食べながら父親の草野球でも観ているのかな。






いつもなら挨拶だけのおじさんが「楽しみだね」と指さす桜 /さくらまりこ「知らなくていい」


若干おじさんへの目線にテンプレ感があって気になるけど、ゾンビがゾンビじゃなかったみたいな、フラグを回収したあとにセリフが変わるキャラクターみたいな、なんかゲームっぽい印象で不思議。





最終選考通過作はまた今度~~

🦀🦀🦀🦀🦀🦀🦀🦀🦀🦀

95年生まれ短歌同人誌『はなぞの』

 Twitterの応募が当たったので『はなぞの』をもらった。もらった人は感想を書く決まりなので、感想を書く。





カウンターに高く積まれてああこれはカンブリア紀の地層の歪み/平尾周汰「雨の日の」

一首前に〈横たわるペーパーバックの砂色の染み ビールの空き瓶 遠雷〉とあるから、カウンターに積まれているのは本ってことでいいのかな。〈本〉と〈主体〉のおそらくは数十年程度の距離から、カンブリア紀まで時間を飛ばしていることが味わいどころだろうか。




乗りたくてたまらなかったポケモンの飛行機乗ったら見れなかったね/大川京子「サンデードライバー

〈見れなかったね〉の無防備さに驚いた。願望をかなえたのにがっかりしているわがままな感じがよかった。何が見れなかったのかははっきりしないところや、ら抜き言葉からも、その無防備感、わがまま感が伝わる。





アメリカっぽいパーティしよって取っといたポップコーンもう捨ててしまった/川崎瑞季「フェアウェル・パーティー

〈しよって取っといた〉の話し言葉のそのままの軽さが心地よい。アメリカ風のパーティからポップコーンに連想するあたりにも主体の愛すべきバカ感がある。





途切れつつ蛍光灯はほっぺたの傷ごと照らすから生きていて/はたえり「遠景」

結句の〈生きていて〉にぎょっとする。願いのようにみせかけて実は呪いなんじゃないか、と四句目まで脳内で体験しながら思った。





また会えるかもしれないかもしれないと冷たい手でする自慰ほどの嘘/懶い河獺「鏡、または空白」

がんばって四回転ジャンプしようとしている感じがする。ずっとずらしが行われて、最後にすべて嘘にかかる。可能性の示唆、可能性の示唆、ときて、ひっくり返される嘘には会いたさの裏返しが読める。





船っぽい髪型をした先生が和服姿で泣く卒業式

ご自由にどうぞの醤油小袋がつめたくなっている春の夜

干からびたいくらを舐めるねこがいてまだ明るさのなかにある駅/うにがわえりも「無敵のこころ」

どの歌もおもしろかった。スナップがとてもうまくて、かゆいところをかいてもらっている感じ。一首目、たぶん女性の先生かな。普段は髪をおろしているけど、卒業式の日だけはもりもりにしていて、かんざしとか刺さってたりする。それがなんとも船っぽい。卒業生はもちろん出港するけど、見送る側の先生自身も成長して、気持ち的に出港するところがあるんだろうなーとか思う。





どこまでも続く生活 年金を払い終えたら五反田に行く/谷村行海「透明体」

五反田はすごい。飲み屋はとても多く、犯罪は少ない。なにより一番はゲンロンカフェがある。主体は、年金を払い終えたら、つまり還暦を迎えたら五反田に行くと宣言している。元気だな、と思う。それは、人生百年時代だからこそ出てくる感情なのだろうか。





履歴書は手製の海図飽きるまであなたの船に乗せてください/寺山雄介「テトラポット

割とネガティブに捉えられがちな仕事系ワード(この歌では履歴書)を海図と見立てたところがよかった。ただ、〈飽きるまで〉にうっすら傲慢さが見える気がする。





雨の降る日は外へは出られずに君と一生分のトランプ/森永理恵「藍色ディストピア

上の句の間延びした言い方に雨の日のけだるい感じが出ていると思う。





群衆のひとりと歩調があいこんな戦場めいた胸のふるえは/夢庵ゆめ「ぼくになる」

日常のふとした瞬間にも〈戦場〉はある。この歌ではそれは比喩だけど、現実にそのような場面は多くあると思う。〈戦場めいた〉という直喩が決して誇張ではないような感じがして、現代社会の取り返しのつかなさをよく表している。



気になった歌はこんな感じです。謹呈ありがとうございました。

『光と私語』 吉田恭大

ふだん北赤羽歌会でお世話になっている、吉田さんの第一歌集。


こういう感想はあまりよくないのかもしれないけれど、歌の打率が高い。各章のやりたいこともいぬのせなか座のレイアウトと合わさって明確でありつつ、読者が解釈で遊ぶ余地が残るくらいには曖昧だった。


あと、なにより装丁がすごい。これはほんとに毎日持ち歩きたくなるし、友だちに見せたくなる。


ひと月を鞄に入れたまま過ごす友達の余白の多い本/吉田恭大


なんならご飯に連れていって、一緒に写真を撮ったりもする。


出版おめでとうございます。


好きなやつ十首


人々がみんな帽子や手を振って見送るようなものに乗りたい

九月尽 ここがウィトネカなら君は帰っていいよ好きなところへ

いつまでも語彙のやさしい妹が犬の写真を送ってくれる

ここは冬、初めて知らされたのは駅、私を迎えに来たのは電車

花曇り あなたが山羊に餌をやる様をいつまでも覚えているだろう。

どこも明るい床だと思う 斎場の 百年生きたあとの葬儀の

その辺であなたが壁に手を這わせ、それから部屋が明るくなった

四月尽 ひとつめくれば噴水の誌運転日のあるカレンダー

真昼間の部屋のひとりのわたくしの振る舞いの素早い能力っぽさ

人のとなりで何度も目を覚ます夜の、アメリカの山火事、音のない